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zoom RSS 元零戦パイロット 原田要さんが私の命を助けてくれたのでは

<<   作成日時 : 2017/01/13 20:16   >>

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たまに思うのですが、去年2016年5月2日に自宅にて黄疸で倒れ
我が東邦大学病院が満室との事で、自衛隊中央病院へ搬送。
処置室でうっすらと意識が戻り、その時頭はもうろうとし
目を少し開けたのですが景色が真っ白で、人の輪郭しか見えない状態でした。
その時『うちの病院では無理がある。よほどの専門医に診てもらった方が
良いのでは』と医師達の話し声が聞こえました。
そして少し経ち『東邦病院が空きました!!』と救急隊か。
すぐに東邦大学病院へ搬送。
処置室で前に診て頂いた女医が『何で!!!何でお酒を飲んじゃったの!?
あれだけ言ったのに!!!』と叫ばれていらっしゃいました。
私は殆ど意識がなかったので心の中で『先生ごめんなさい・・・・・・。』と言いました。
男性医師(主治医)は『〇〇さん、大丈夫ですか!?』と言われましたが
言葉が発せない。
そこから意識がなくなり翌日辺りにうっすらゆっくりと意識が戻る。
数日後、見舞いに来た妹から『危険な状態なのですぐ病院へ』と電話があったそうで
病院へ着き、その男性主治医から『明日まで持たないかもしれない』と言われたそうです。
その様な状態だったのにもかかわらず意識が戻る。
その時の日付はちょうど元零戦パイロット、原田要さんが永眠された5月3日。

たまにそうなのではと思う時があるのですが、おバカで役立たずのこの私を
原田要さんが私の命を救ってくれたのではと思っているのです。
真から零戦を愛する人で、この人だったら引き続き残虐な戦争の事を
皆に後世伝えてくれるのではないかと。

私は映像や証言の本を読んだからといって、戦争は残虐と真からは感じないのです。
当然ひどいとショックを受けますが、あくまでも情報を受けただけですからね。
それプラス、もし自分がその時その状況下にいたらと思うのです。
例えば、もし私が特攻隊に選ばれ出撃しなくてはならなければその時どう思う。
空母へ体当たりの所まで来たら自分はどう思うかと。
自分をその時の状況へタイムスリップさせるのです。
そうすると当然恐怖を感じます。
一度スクーターに乗っている時、突き当りの壁に特攻隊のように
体当たりをするとしたらどんな気持ちかと気分を味わった事があります。
もうその時は怖いのなんの!!!!!!
それに約25Kmの速度でですからね。
本当の特攻隊の方達は、あのでかい飛行機で300Km以上の速度で敵艦へ突っ込むのですよ。
もうそれ以上の想像はできません。
戦争経験者と比べれば同レベルの思いは当然無理ですけれど
近い心境になると思っています。
あと靖国神社境内にある遊就館の人間魚雷回天の輪切りに入り
敵艦に体当たりと想像すると頭が真っ白になりました。

そう思いや感じる事が出来る私を原田要さんは選ばれたのではないかと
思っているのです。

この動画を見られれば分かりますが、本当に戦争は残虐な物なんだと
強く強く言われていらっしゃいました。
ですから講演会とかどうのこうのではなく、ブログや多くの人に
自然体で戦争の悲惨さを末永く原田要さんの後継者と思い
伝えていきたいと思っている今日この頃です。


                              原田要さんへ合掌
























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